心身を整えよう! 学校の現状についてを考える。

最近、心身ともにかなり疲れてきていた。

きっとこれは、私だけではない。主人をはじめ、子供たちも、世間の人たちもだと思う。

子供たちに限っては、圧力をかけられる瞬間は大人に比べ多いのかもしれない。

学校・幼稚園では、先生も疲れてきている状況で、パワフルな子供たちをまとめる必要がある瞬間が家に比べ多い。そのためには、武器が必要でそれが、威圧的な態度だったり、大きな声で注意だったりする。その上、じっとして授業も受けなければならず、授業もコロナの影響で1年を通して行われる学習の予定を休みの期間できなかった部分をなんとか頑張って終わらせなければいけない先生の焦りもあり、そうなることで、先生のストレスは上がり、子供たちに対し寛大に受け止めるのは難しい状況が生まれているように感じる。

 

仕方がないのかもしれないが、学習の予定をもう少し見直す必要があると私は思う。学校が日本で作られたきっかけ(寺子屋以外)は、人とのつながり、人に対する思いやり、それを気付き、だから人のものを盗むと大切な人が悲しい気持ちになるなど、そういった内容を家では学ぶ機会が少ない子にも学べるような場所が学校の始まりだったとNHKの知恵の泉で見た。それにより、盗みなどの事件を減らし治安の回復にもつなげいったことを学んだ。さらに、教養をつけることで、その子供たちが大人になったとき、自分の得意なことで人の役に立てるようにしていったという風にテレビを見て解釈した。

 

一定の学校のルールに従い、先生の指示に従う。それは、先生と生徒の信頼関係がかかせない。あの年齢の子供たちに教えていくのは、骨折りのこと。重々承知している。でも、形骸化されたルールではなく、そのルールを守る理由を伝え、子供たちが頭で理解した上で、身に着けていくのと、形骸化され理由なしに頭ごなしにルールを守らせようとするのとでは、子供たちが大人になってからのルールのに対する向き合い方、守り方は変わってくるように思う。だから、理由も加えて伝えていく必要があると私は思う。

 

本来そういう場所だったはずが、今では、学習メインになっているように感じる。少なくとも、うちの子が通っているクラスはそうだ。理由はなく、とにかく先生の望む行動をさせようと躍起になっている。その先生自体の考え方がそうだからだ。一生けん命は伝わってくるが、やり方が残念。しかし、人のアドバイスは聞かない、残念な人である。

でも、定年近い年齢の先生の考え方を変えることは難しい。残念極まりない。うちの子をはじめ、他の子供たちが、そういう人もいると考え、さらりと流すすべを見つける場所として行き、心身ともに健康に育つことを願うだけである。

 

次に自分の心身、主にはメンタルを整えようについて。

さっきまでは、孤独の感情に支配されていたが、今は違う。やはり、こういった気持ちの整理や他のことについて考え、思考の転換をするのは本当に大切だと感じる。

 

さて、夕食作りにいこう!!!